☆メモリアル・デイズ☆ 「ちーちゃん、もうすぐだよ!」 「・・・ええ。」 今日は、初めてのTV放送だ。 先日収録した、歌番組は夜八時から始まる。 今は七時四五分。 落ち着かないけれど、何か違うことをする気にもなれない、微妙な時間だ。 千早の住むマンションで、二人はTVと時計を交互に見つめている。 「うぅ〜。ドキドキして心臓が大暴れかも。早くはじまらないかなぁ。」 そわそわと落ち着きの無い様子で、やよいはソファに座ったり立ち上がったりを繰り返している。 「あ、私・・・。コーヒー入れてきます。」 「えぇ?・・・もう始まっちゃうよぉ〜。」 「まだ5分もあります。それに・・・録画もしますし・・・。」 落ち着いたような言葉を返す。 ペーパードリップにコーヒーの粉を入れようとする手が震えている自分に気がついて、千早は深呼吸をした。 「・・・。」 慣れた様子でコーヒーを入れる。 いつもと違うのは、入れようとしているコーヒーが、二人分だということくらいだ・・・。 沸騰したお湯を、ケトルからそっと、ペーパードリップの中の粉の中心に注ぐ。 粉が、膨らむ。 その中心に、細くお湯を注いでいく。 コーヒーの良い香りが立ち上りはじめる。 静かに、集中していると、気持ちが落ち着いてくる。 「あれ?なんか・・・すっごくいい香りがしてます〜。 プロデューサーが連れて行ってくれた喫茶店で飲んだコーヒーと同じ香りみたいです〜。」 やよいの驚いたような声が、近づいてくる。 「あ、スゴイです・・・。コーヒーって、粉溶かすのかと思ってました〜。」 いつの間にか、背中側からやよいが覗き込んでいた。 「そんなに高級なの・・・もったいなくないですか?」 「え?やよいはコーヒー嫌い?」 「うっう〜。そんなことないです。でも・・・お客様でもないのに、もったいないかなって。・・・。」 やよいは申し訳なさそうに、千早の顔を覗き込んだ。 「あと・・・。笑われちゃうかもしれないけど・・・。」 遠慮がちにやよいは言葉を続けた。 「・・・ミルクとお砂糖たっぷり入ってないと・・・苦くてのめないですぅ・・・。」 「・・・。」 (くすっ) おずおずと言う、やよいの様子に、千早は少し笑ってしまった。 「あぁっちーちゃんヒドイ!・・・笑わないでくださいぃ〜。」 口を尖らせるやよいに、言葉をかけようとしたとき、歌番組のオープニング曲が流れた。 「あっ!はじまっちゃいますぅ!早く早くぅ!」 「ちょ・・・待って、コーヒーがこぼれてしまいます。」 千早はかろうじてこぼれなかった二人分のコーヒーを、それぞれのカップに注ぎ分けた。 あわててそれをトレーに乗せると、ミルク入れと砂糖入れを添えて、自分の部屋に運んだ。 「わわっ映ってます〜。」 「当然です・・・。」 二人で食い入るようにTVを見る。 「なんか、自分じゃないみたいですぅ・・・。」 「そうですね・・・。」 冷めていくコーヒーのことも忘れて、夢中で自分たちの歌う姿をみている。 それは、二人の記念日が、また一つ増えた瞬間の出来事だった。 ☆おわり☆